千葉を愛してやまない筆者のバレー&いろいろ日記。
マリーンズライフも随所に交えながら?
14時46分、黙祷。
3年前のこの日には帰宅困難者として、都内から歩いて帰っていたのですが、
ちょうどこの日がA9練習日、翌日が9人制の試合、
さらにその翌日がパワーの試合という、バレーづくしの日程でした。
当然、すべて中止となったのですが、連絡をとりながら、
シューズが安売りされていた神保町界隈を歩いていた記憶が一番強く残っています。
久々にこの光景が浮かんだのは、実は3月7日の金曜日。
ユニフォームが届き、翌日に9人制の試合を控えていたというタイミングでした。
自分にとっては、9人制混合の試合が、震災を思い起こさせる光景の
1つになっているのだなぁ、と感じた一瞬でした。
いろんな特番がテレビや新聞で組まれていますが、
あの震災の記憶は、一人ひとり違うものであり、
共感を覚えるポイントも違うのだと思います。
なので、あんまり見る気がおきません。
でも、あの日のことを振り返ってみるのは、決して悪いことではないのでは、
と、そんなことを考えた、今年の3.11でした。
3年前のこの日には帰宅困難者として、都内から歩いて帰っていたのですが、
ちょうどこの日がA9練習日、翌日が9人制の試合、
さらにその翌日がパワーの試合という、バレーづくしの日程でした。
当然、すべて中止となったのですが、連絡をとりながら、
シューズが安売りされていた神保町界隈を歩いていた記憶が一番強く残っています。
久々にこの光景が浮かんだのは、実は3月7日の金曜日。
ユニフォームが届き、翌日に9人制の試合を控えていたというタイミングでした。
自分にとっては、9人制混合の試合が、震災を思い起こさせる光景の
1つになっているのだなぁ、と感じた一瞬でした。
いろんな特番がテレビや新聞で組まれていますが、
あの震災の記憶は、一人ひとり違うものであり、
共感を覚えるポイントも違うのだと思います。
なので、あんまり見る気がおきません。
でも、あの日のことを振り返ってみるのは、決して悪いことではないのでは、
と、そんなことを考えた、今年の3.11でした。
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